お知らせ
この度,拳藝会のホームページが2011年8月末日をもって移転することになりました。これを機に当会の新たなイメージ認知の必要性とその向上を願い会名を「武学推拡拳社」と致します。
またこれに伴い今まで拳藝会のホームページが担っておりました機能も2011年9月より下記新ホームぺージに移転いたします。お問い合わせ先地区に変更もございますので、今後は新ホームページのお問い合わせ先のご利用をお願いします。
新しいホームページはこちらです→
中国武術 武学推拡拳社
新しいホームページや入会等に関する質問は下記へお問い合わせください。
→武学推拡拳社 関東地区
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→武学推拡拳社 関西地区
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八卦掌について
八卦掌の特徴
八卦掌を創始した人物は、董海川とされており、古くは「川掌」、「転掌」、または「推磨門」とも呼ばれていましたが、中国武術の中では、比較的後期に創られた拳法であり、一説では中国武術の多くの門派の中でも最も高級な技法を要した拳法だと言われています。
現在では、多くの分派が存在しており、これらは基本的には「易」または「周易」の八卦思想を根本原理に持つ拳法の総称です。八卦掌の技術体系については、系統が多く存在することから、一概に断定はできませんが「拳」ではなく「掌」を多用することが多いようです。
また、千変万化の拳法ともいわれ、一見踊っているような柔らかい動きをすることが多く、歩法が特徴的です。
多くの八卦掌門派の歩法練習では、「扣擺歩」を連続させて円周上を歩く「走圏」という練習法が有名です。
また、八卦掌は「内家拳」とも呼ばれ運気や内功を重視します。これは、同じ内家拳の「太極拳」や「形意拳」の影響を受けているからだと云われています。
実際、伝承では、程派八卦掌で有名な「程廷華」の交友関係に形意拳で有名な、郭雲深、李存義、張占魁、孫緑堂などの名前が残っています。
歴史
八卦掌の成立は19世紀の前半であり、清朝末期頃と云われています。前述した通り、創始者は紫禁城の宦官であり、粛親王府の護院長でもあった「董海川」といわれています。
この拳法の成立には諸説ありますが、董海川の一族の住居があった村に伝わっていたといわれる「八番拳」が源流という説が有力なようです。董海川には多くの弟子がおり、中でも伊派八卦掌(東城派)の創始者である「伊福」と程派八卦掌(南城派)の創始者である「程廷華」が有名です。
伊派八卦掌と当会の系統
伊派八卦掌の創始者は、董海川の高弟であった「伊福」です。彼は、程派八卦掌の創始者である「程廷華」と並ぶ董海川の有力な弟子の一人であり、一番弟子でもありました。
伊福は、師である董海川の後を継いで清朝の粛親王府の護衛総監の役目を受け継ぎました。このことにより、伊派八卦門の技術は市中の民間には広まらず宮廷内の限られた護衛官にのみ伝承される事となりました。この伊派八卦掌で有名な伝承者は、「宮宝田」、「馬貴」、「劉宝珍」、「伊玉璋」などです。
この伊派八卦掌を継承した「宮宝田」は兄の「宮宝山」とともに伊福に師事し、1897年には師と同じく宮廷の護院に入り高官(四品帯刀護衛)として働き働きました。清朝が倒れた後、1922年には、「張作霖」が武術教練として迎えましたが、その実力が余りに高いので自らのシークレット・サービスとして仕えさせました。彼は後に、当時八極拳で有名であった「劉雲樵」に、伊派八卦掌を伝えました。当会では、この宮宝田へと伝えられてきた伊派八卦掌を継承しております。





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